株式会社SHINEI | SHIN GROUP

『みんなが味方になるすごい秘密』カドカワ 刊 

5時間講座をすることは神様のシナリオどおり(2011年8月 5時間講座より)





2009年10月28日は、京都で5時間講座をする予定でした。



ところが、28日午前中に友人の医師から電話があり、



「体調はどうですか?」



というので、



「何が?」



と聞いたら、





「呼吸ができていますか」





と言われました。







呼吸ができているから電話に出たわけですけれど、友人は





「とにかく危ないのですぐに入院してください。肺に半分水がたまっているので、呼吸が止まってしまいますよ」





と言ってきました。





私が呼吸は止まりそうではないし、大丈夫ですと言うと、友人は大丈夫ではないと。





その友人とは十数年の付き合いになります。

彼は患者さんが怖がりそうな話やガッカリするような表現を一切言わない人、常に肯定的な言葉しか言わない人です。





そういう人が「もう即刻入院しないとダメだ」と言うのです。





今日これから京都で5時間しゃべるのですけれどと言っても、和歌山の病院に入院の手続きをしたから全部キャンセルしてとにかく来るようにと言うわけです。





医師の立場からすると、レントゲンを見て、肺の半分に水がたまっていて、普通は3分の1ほど水がたまると、呼吸が止まるらしいところ、私は、3分の1どころか2分の1まで肺に水がたまっていても、呼吸が止まらなかった。



普通の人だったら死んでもおかしくない状態でしたけれども、なぜか呼吸していたのです。







11月9日は私の誕生日です。



誕生会には100人ぐらいの人が来て祝ってくれるのものですから、そのときまで入院しないで、そのお祝いを受けてから入院するというのはどうでしょうかと聞いたら、それまで持たない。





普通だったら生きていないレベルだから、医師としてはとにかく一刻も早く入院をと言う状態だったようです。





私の知らないところで和歌山の病院に予約をしていて、私は和歌山の病院まで車で運ばれ、何が何やらわからないまま入院しました。







よく考えてみると、40年ぐらい私は土曜日も日曜日も祝日もありませんでした。

40年にわたって1日も休んだことがない。





本人は疲れていると思っていなかったのですけれど、その疲労・過労の結果として、すい臓が参ってしまい、インシュリンが出なくなり、血糖値が上がって、その結果、糖尿病で目が見えなくなって、腎臓がやられたということになってしまいました。







点滴や食事療法などの治療によって、ようやく肺の半分の水がすべて外に出て、2010年1月、退院が認められました。







その後、定期的に病院に行って検査をしましたが、肺に水がたまっては入退院を繰り返しているうち、11月に定期検査に行ったら心臓が止まる寸前だからと、また即刻入院と言われました。





今度は、心臓の問題で、心臓がすぐ止まりそうだと言われたのですが、やはり自覚症状はない。



心臓が止まったことはありませんかと聞かれましたけれど、そんなことはありません。



でも医師は、いや止まっているはずだ。



何か止まった痕跡があると言われました。



本人に記憶がないのに、寝ている間に止まることがあるんでしょうかね。







とにかくこのままだと心臓が止まってしまい、3日後、1週間後にはお会いできなくなるから絶対に帰すわけにはいかないと言われました。





それで、17日に入院したのですが、その4日後11月21日になんと宮島で7時間講座の予定があったんです。



入院はいいけれど、21日は宮島まで行って7時間しゃべらなくてはいけない。

しかも北海道から沖縄まで100人もの参加者が待っている。







紅葉の一番きれいなシーズンに、創業400年の、宮島で一番格の高い旅館を100人押さえてあったんです。





それを私の都合でキャンセルすると、主催者には一銭もお金が入らないだけではなく、キャンセル料がかかる。





これは私にとっても心が痛む話です。



心臓は痛くないんだけど、心は痛い(笑)。







それで、21日はなんとしてでも宮島に行きたいと言って17日に入院しました。



ただし、18日、19日、20日と3日間連続して透析を受けることが絶対条件で、透析を受けない限り退院はできませんと言われました。







私は1年3カ月にわたって人工透析を拒み続け、人工透析をするぐらいだったら死んだ方がいいと言ってきました。





それでも心臓に問題があり、いつ心臓麻痺で死んでもおかしくない状態だと言われ、とにかく透析をしないと死んでしまう、ということで透析を受けることにしたのです。







11月21日に講演が予定されていたことは生まれる前のシナリオどおりです。





もし21日の宮島での講演がなければ透析を拒み続け、今頃は骨になっていたと思います。

宮島から戻った後は、とにかくずっと透析患者として入院し、退院したらどこそこの病院で一日おきにちゃんと透析を受けて下さいという話になり、今も透析を続けています。









2009年10月の入院のときもですが、病状が苦しかったとか、つらかったということは全然ありません。



レントゲンを撮って、肺の水がなくなったので退院してもいいと言われましたけれど、自覚症状が何もないんです。





肺に水が入ってたから苦しかったとか、水がなくなったから楽になったということもありませんでした。





私自身は、2009年10月27日の段階と何も変わっていない状態で、ただタイムスリップして28日の今日、約束だからそれでまたふと現れたような気がします。





ということで1年10カ月ぶりに奇跡の生還です。







実は、2009年に入院した和歌山の病院でひそひそと囁かれていたのが、小林正観は年内持たないよということだったそうです。



そして、昨年入院した愛知県の病院では医師たちがこの数値だったら年内持たないよと話していたらしいです。





私は、こうした検査数値には関係なく、元気なんです。



もう今年になって8月まで生きているわけですけれど、今年になってから誰も医師がそういう話をしません。





去年はこの数値だったら年内は持たない、と話していたみたいですが、今年になって何かとても元気になっているように見えるのか、会う人会う人に、「顔色いいですね」とか「体調よさそうですね」と言われるのですが、返す言葉がないのです。



実は体調がいいわけではありません。





私は今、身体障碍者手帳を持っています。

病院で身体障碍者手帳の申請をしてみてくださいと言われて申請をしたら、あっという間に下りて、1級の身体障害者です。



しかし、5時間講座で話し続けることができました。



これも神様のシナリオどおりなのですね。

講演することが決まっていたのでしょう。 





ではみなさん、今日この話を聞いて、生きるヒントになった人は隣の人の方にポンと手を置いて言いましょう。







「これから私は争わないで、戦わないで、目の前の人を味方にして生きていこうと思うのですがどうですか」



と言い合ってください。





そして、今日この5時間講座を聞いて、魂がきれいになったような気がするという人は手をあげて下さい。







これが美しい魂で生きていくスタートです。

ありがとうございました。









小林正観さんより
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